ODRについて 〜ODR専門家の目から見て
実用化フェーズに入るODR(Online Dispute Resolution)
株式会社ODR Room Network
代表取締役 万代 栄一郎
株式会社ODR Room Network
代表取締役 万代 栄一郎
はじめに
私がODRを知ったのは、以前勤務していたIT系企業で海外企業との仲裁に関わった際だった。仲裁地は直航便のない相手国だったため、現地にアパートを借りて、仲裁のために往復する生活となった。時には、結果的に僅か5分の期日のために航空機で24時間かけて現地へいくこともあったし、日常的にテロの危険があり毎回高額な保険料をかけ、仲裁後半には不利な相手方が主要証人である私の「(テロに見せかけた)“暗殺”を企てている」という噂まで出てきたこともあった。当時扱っていた製品の一つに軍需技術を応用した実用化前の初期のTV会議システムがあり、これを使って証言はできないかと考えていたところ、経済産業省のODRに関する調査プロジェクトでTV会議を試験利用することになり、技術者として実験に関わった。そこで、「これは証言に使える」と実感し、さらに、別のODR調査プロジェクトで、米国のボストンや西海岸のODR関係者へのヒアリングを経てその可能性を確信して、本格的にODRビジネスに取り組むことになって現在に至っている。
ODRは、Online Dispute Resolutionの頭文字である。様々な法的な議論や定義の混乱もあるが、要するに、紛争解決(Dispute Resolution)にテクノロジー(Online)を活用することにつきる。紛争解決といえば、裁判、裁判所が一番に思い浮かぶ。裁判手続は、どの国でもハードルが高い、時間かかる、公開されてしまうということが共通認識だろう。近年では、裁判外紛争解決(ADR)も普及しつつあるが、これら紛争解決へのアクセスをITによって簡便にしてアクセスしやすくしてハードルを下げることができるのではないかという動きが進みつつある。
初期のODRに関する文献「Online Dispute Resolution」(Ethan Katsh = Janet Rifkin 『Online Dispute Resolution Resolving Conflict in Cyber Space』 JOSSEY-BASS A Wiley Company San Francisco, 2001 74頁)では、“司法手続は信頼性・専門性・利便性のバランスが重要で、これまでの司法手続は利便性がかけているとして、ODRはこれを補うものである(要訳)”と位置付けている。
私がODRを知ったのは、以前勤務していたIT系企業で海外企業との仲裁に関わった際だった。仲裁地は直航便のない相手国だったため、現地にアパートを借りて、仲裁のために往復する生活となった。時には、結果的に僅か5分の期日のために航空機で24時間かけて現地へいくこともあったし、日常的にテロの危険があり毎回高額な保険料をかけ、仲裁後半には不利な相手方が主要証人である私の「(テロに見せかけた)“暗殺”を企てている」という噂まで出てきたこともあった。当時扱っていた製品の一つに軍需技術を応用した実用化前の初期のTV会議システムがあり、これを使って証言はできないかと考えていたところ、経済産業省のODRに関する調査プロジェクトでTV会議を試験利用することになり、技術者として実験に関わった。そこで、「これは証言に使える」と実感し、さらに、別のODR調査プロジェクトで、米国のボストンや西海岸のODR関係者へのヒアリングを経てその可能性を確信して、本格的にODRビジネスに取り組むことになって現在に至っている。
ODRは、Online Dispute Resolutionの頭文字である。様々な法的な議論や定義の混乱もあるが、要するに、紛争解決(Dispute Resolution)にテクノロジー(Online)を活用することにつきる。紛争解決といえば、裁判、裁判所が一番に思い浮かぶ。裁判手続は、どの国でもハードルが高い、時間かかる、公開されてしまうということが共通認識だろう。近年では、裁判外紛争解決(ADR)も普及しつつあるが、これら紛争解決へのアクセスをITによって簡便にしてアクセスしやすくしてハードルを下げることができるのではないかという動きが進みつつある。
初期のODRに関する文献「Online Dispute Resolution」(Ethan Katsh = Janet Rifkin 『Online Dispute Resolution Resolving Conflict in Cyber Space』 JOSSEY-BASS A Wiley Company San Francisco, 2001 74頁)では、“司法手続は信頼性・専門性・利便性のバランスが重要で、これまでの司法手続は利便性がかけているとして、ODRはこれを補うものである(要訳)”と位置付けている。
私が最初に触れたODRの一形態であるTV会議は、既存のADRや裁判のプロセスで、「関係者の証言を遠隔地から行う=距離と時間の制限を取り払う」という想像しやすくわかりやすい例であるが、これは一側面に過ぎない。
ODR(Online Dispute Resolution)は、ADR(Alternative Dispute Resolution)のオンラインシステム版と定義するのがわかりやすいかもしれないが、実際にODRとして試験されたり稼働したりしているツールやシステムを見るとオンライン技術に限定されず、インターネットの時代においては、オンラインはむしろ当たり前の技術であり、「紛争解決にオンライン技術を含めたテクノロジーを利用・活用したもの」と言うのが正しい。
例えば、申し立ての段階では、Webフォームを利用したオンラインシステムによる申し立てがあり、当事者や中立的第三者との情報交換は同じくWebシステムや電子メールで行われる。
紛争解決機関内では、紛争の情報を共有し、各過程のプロセスを管理するデータベースシステムが使われている。
更には、調停人候補者自身が、専門分野、取り扱い分野、得意分野、料金、さらには、対応可能な日時までを更新できるデータベースで公開され、ここでは、紛争の申し立て、相手方への連絡、主張の交換、調停人の選択、期日設定などのスケジュール管理、TV会議による調停人と当事者の3者協議、裁定の通知、調停人への支払いなどが1つのシステムで行えるものもある。
欧州では、複数言語を扱える申し立て、プロセス管理、相互コミュニケーションシステムも開発された。[1]
あるいは、例えば保険金の交渉において双方がシステムに提示金額、妥協可能金額や条件を登録しておきシステムに自動交渉させる仕組みも運用されている。
以下、ODRに関する歴史、種類を簡単にご紹介し、主にODR FORUMでの情報交換から得た現在のODRに関する海外での動向の特徴、今後の展望や可能性などをご紹介する。
I.歴史、経緯
ODRは、1990年代前半から、インターネットの普及とともに、オンライン上で発生した紛争(当初は、性別詐称や炎上事件など)の解決手段として注目され、様々な試行が開始された。
1.
3.ベンチャー期
4.組織的取り組み期
最初にODRを扱った前出の文献「Online Dispute Resolution」では、ODR(テクノロジー)を4th party(第4者)と位置づけ、更には、距離や時差を埋めて、司法へのアクセス利便性を高める手段として、(重要人物の)移動リスクを削減するものとした。(Katsh=Riflkin 前掲137頁)
現在は、実用化・商用化期に入りつつあると考える。詳細は、Ⅲにて述べる。
II.ODR技術の種類
ODRで使われている技術としては、大きくは、「コミュニケーション技術」、「データ管理、コントロール技術」、そして「相互連携技術」に分けられる。
1.「コミュニケーション技術」
相談者、申立者、相手方、中立的第三者、各種専門家などが相互にコミュニケーションを図るための「コミュニケーションのための技術」は、オンライン技術が最大限に使われる部分でもある。ここでは、「同期型」と「非同期型」の仕組みがあり、前者は、距離、移動時間を克服するために、当事者が同期的にアクセスするチャットやTV会議など、当事者、関係者が場所は遠隔でも同時刻にアクセスできる環境が必要となる。後者は、時差がある場合にも有効な非同期型で、電子メールや専用の電子会議室を活用するタイプがある。
2.「データ管理・共有、手続きコントロール技術」
案件の申請から、当事者、調停者間での証拠や資料の提示・共有・保存、過去判例や判断の参照・共有、判断の通知や執行(結果の実施)状態の管理など全体のプロセスを管理するシステム、セキュリティ技術。最近では、それらを全てクラウドで実現する方法もありうる。
3.「相互連携技術」
(1)越境紛争のためのデータベースとその課題
各国で個別にODRシステム(的なものも含めて)が利用され始めているが、越境(クロスボーダー)紛争では、さらに相互連携のためのシステムが必要になってくるだろうと考えられる。ただし中央集権的なシステムは管理面で実現が難しい。どの国が管理保存するのか、そのための法制度はどうするか、特に、個人情報の越境など解決すべき問題も多いからである。
(2)言語
相互連携する場合でも、国内での管理システムは、各国で開発されることを前提とすると、国内の消費者とのコミュニケーションや内部の情報共有や管理は、母国語でのシステムが当然だろうが、他国の機関あるいは他国の消費者からの苦情を受付け、ADRを行うとなるなら、共通の言語が必要となる。それは現実的に考えると、英語が一般的になるだろう。そうなると、越境紛争として扱う案件については英語への翻訳が必要となるが、自動翻訳が実用的に使えるようになるにはもう少し時間がかかるか、あるいは、複雑な紛争処理を自動翻訳で実用的に行えるかどうかは不明である。未だ消費者や事業者が自動翻訳を紛争解決で使おうと試みた結果、翻訳に起因する新たな紛争が起きている例もある。
(3)データ交換
一時はODR FORUM[5]関連メンバーによるグループOdrExchangeにおいて、「共通のデータ規則と共有のデータベース」という概念が議論されたが (odrexchange.com[6])、誰が管理するのか、費用負担はどうするか、データの越境やセキュリティ・リスクはどう考えるか、などの課題が未解決のままである。日本の越境消費者センター(CCJ)[7]は、英語版の共有システムを提携国に公開し、相互に更新することを想定している。しかし、件数が増加してくると、相手側も自分のシステムにアクセスして登録更新をすることが効率面でもよいので、例えば米国BBB[8]のシステムにCCJ側が入力する運用になってきている。相互に両方のシステムに入力をすることになると、それぞれの機関の負担が増えてくる。
次に考えられるのは、半自動的なデータの交換方式で、データ項目などを共通化していくことが想定される。自社システムへのデータ連携のためのAPIを公開している中国のADR機関[9]も存在する。
こうした技術は、インターネットの普及と回線の大容量化、安定化、低価格化によるところが大きい。ODR実用化への重要な要素である。
Ⅲ.実験から実用化、投資、企業統合へ
特に欧米を中心に、この数年の間に、様々な紛争分野でのODR化・ITシステム実用化が進んでいる。欧州では電子商取引分野での利用についてはODRの組込みが法制化[10]されている。米国では、本格的な投資資金や企業の合併や買収が動き始めている。
1.申し立てのオンライン化
米国ではAAA(American Arbitrators Association)を始め多くのADR機関などが電子的な申し立てを採用している。同社のサイトでは、申し立て、事件の管理、状況の閲覧、仲裁人を探す、利用規約、サポートがWebサイトからアクセスできる。国際的な案件の申し立ても可能となっている。
2.電子商取引 — 少額紛争、越境紛争
この分野はODRが最初に実用化された分野である。その背景としては、インターネットの商用利用が容認され電子商取引が普及したこと、また国境を越える消費者取引が可能となったことで、消費者トラブルも国境を超えることになり、必要性が早期に現実的になったことである。OECDでは、この新しい経済活動の発展のためには市場の信頼醸成が重要と考えられ、電子商取引消費者保護ガイドライン[11]がまとめられた。このガイドラインでは、各国法の違い、執行の困難さから事前規制でなく裁判以外の有効な紛争解決手段が検討され、トラストマークやプライバシー保護、詐欺対策等に並んで、(オンライン)ADRが提唱されることに繋がっていった。
電子商取引では、1件毎の紛争金額が小さく、案件数が多大であることが特徴的で、人力による紛争解決はコスト的に適用できないため早くからODRが注目されてきた。eBayでは、現在では、年間6000万件の紛争が処理されているとしており、裁判には向かない少額紛争の解決手段として実用化されている。こうした膨大な件数を処理するための手法として、1)紛争類型を整理し最初に選択する紛争を限定している、2)紛争での論点となりやすい点に関する事項のガイドライン的Q&Aを整備し、申し立てをしやすくしている、3)一定期間双方の連絡がなければ案件を終了する規約としている、などを運用経験から組み込んでいる。これは、既存プロセスをオンライン化するだけでなく、合理的なプロセスをITで標準化し、プロセスそのものを変えてしまう可能性を持っている。(経営システムではBPR:Business Process Re-engineeringという手法が使われているが、こちらは、いわば司法のLPR:Legal Process Re-engineeringである。)
3.ODR
(https://www.smartsettle.com/about-us/vision-speech/)
4.統合的プラットホーム・システムの試み
MeidaiteMe.com[12]では、当事者と調停者が申し立てから主張の交換、TV会議による対面的な対話、調停者への支払いまで一つのプラットフォームで完結する仕組みを提供している。調停者は、対応分野、料金、スケジュールをシステムに登録できる。紛争当事者は、調停者を双方の同意により選択できる。申し立て者が紛争を登録すると相手方にメールで連絡され、システムにアクセスできるようになり、専用の会議室でテキストによる主張や証拠をさらには解決案等を提出し、調停者は、それらを評価し、ビデオチャットで解決への道案内をしていくことができる。
システム自体の利用は基本的に無料で、調停者は自身の料金を有料に設定することもできる。有料の場合は手数料をサイトに支払う。当事者の支払はクレジットカードで行える。
5.開いた市民法廷
(1)Sidetakerhttp://www.sidetaker.com/
Sidetaker
(2)Reputation System
eBayやAlibaba、日本ではYahooオークションなどでも採用されている仕組みである。取引結果や紛争対応結果に対しての評価をすることができるようになっており、評価は公開されているため、市場に反する対応をしつづけると評価が下落して結果として市場やコミュニティから締め出されることになる。
6.欧州のODR規則[13]
欧州では、電子商取引に関して、ADR指令に基づいてODR規則に従ったODR機能が提供されている。公的、法的な仕組みとして運用が開始された。
7.言語圏提携
南米ではeInstituteやODR LatinAmericaなど組織でスペイン語圏の複数国間の紛争を扱えるように活動し、執行力を担保するための同じく南米を中心としたトラストマーク連携機関eConfianzaとの組織間連携も行われている。
8.ツール
(1)書面生成ツール
「裁判に関わる書面生成ツール」は、裁判コスト面で非常に大きな時間(コスト)を裂いていると見られる法的書面の作成時間を効率化するために、法律家以外が語る言葉を法的な言葉で、法的な書面にするいわば“法的な翻訳”に掛かる作業やコストを縮小する為のツール:Magontslagはオランダのベンチャー[14]によるものである。(オランダ語版のみ)
(2)さらなる新技術
一方、AIなどの最先端の技術への取り組みはコレから課題である。(1)の書面生成の自動化分野での適用の可能性はあるが、蓄積されたノウハウを如何にディープラーニング技術で取り込んで行くかは、国家レベル、各機関レベルでの更なる研究や取組みが開始されたところである。
9.企業統合
eBayやPaypalでのODRの実用的システムの草分けであるベンチャーODRの雄・MODRIAは、すでに複数の具体的なシステムやサービスを展開し、有望なODR企業を買収[15]してきていたが、同社自身が法廷向けのシステムに実績があるTyler Technologies社に買収され傘下に入った[16]。黎明期から先頭を走って来たベンチャーであるMODRIA社が大手資本の傘下に入るということは、即ち、ODR・ODR技術がビジネスとして本格的に成り立ってくるという意味であるといえる。
10.サービスに組み込まれるODR
その他、ODRを提供する新しいツールベンダーが設立され、ODRを予め組み込んであるサービスも増加している。
(1)新しいツールベンダー
Mediate.com https://mediate.com/
CaseLoadManager http://www.caseloadmanager.com/
MODRIA社 http://www.modria.com/
eBayのODR責任者だったColin Rule氏が立ち上げ
Youstice https://www.youstice.com/en/ 国連のUNCITRAL
WG3のスロバキア国担当者の新会社
Pactanda アルゼンチンのベンチャー
http://www.pactanda.com/#/
(2)ODR組み込んである一般サービス[17]
こうしたODR関連ツールやサイトを見ると、もはや「実験の時期」は完全に終わったといえるだろう。
Ⅳ.ODRの国際会議
1.ODR FORUM
2002年に、最初の会合がジュネーブで開催され、以降、エジンバラ、メルボルン、ボローニャ、ブリュッセル、カイロ、パロアルト、リバプール、香港、ヴィクトリア(カナダ)、テルアヴィブ、バンクーバー、チェンナイ、プラハ、パロアルト、ニューヨーク、ハーグ、北京、直近ではパリと毎年開催されてきている。
各FORUMでは、主催者の関心が高いテーマが主要なトピックとなってきた。例えば、2008年〜2010年頃は消費者保護のための電子商取引へのODR適用、イスラエルでは東ティモールの紛争交渉に使われた仕組み、2015年ニューヨークでは、UNCITRALのワーキンググループ3で議論されていた電子商取引におけるODR適用のための共通規則が取り上げられた。2016年ハーグ(開催地Peace Palace)[18]、2017年パリ(ICCホスト)[19]では、裁判のオンライン化とテクノロジーがメインテーマとなった。
(1)「ODRは裁判を助けるか/ODRと裁判の関係はどうなっていくのか?」
司法へのアクセス向上という切り口では、裁判のオンライン化・デジタル化とテクノロジー導入という議論が2016年のハーグ国際司法裁判所(Peace Palace 平和宮)開催のODR FORUMでテーマとなった。
裁判がデジタル化されるとは?
手続の大雑把なフレームワークは以下のようなものとする。
(2)裁判のODR化の姿3つの姿
(3)
ODR FORUM基調講演者のLord Justice Fulford氏(Senior Presiding Judge of England and Wales)は、「最初は、手続の申請と書類の提出、書類のデジタル化。次に、オンラインによる証言や証人尋問が加えられ、最終的には全手続にオンライン技術が組み込まれる。」と述べている。
(4)
ODRでは、デジタルデバイドによる懸念もある。簡単になるとはいっても、アクセスできない人、苦手な人はおり、それによって公平性に差がでてしまうのではないか、結果として司法への不信に繋がり、裁判制度への不信に繋がる可能性があるのではないかということが課題として挙げられている。
状況は国によって異なるが、有線インターネット環境が未整備のアフリカ地区では、意外にもPCよりもスマートフォンの普及率が高く、その上でアクセスできるようになれば、問題とはならないかもしれないという指摘もある。
(5)ODRはLPR(Legal Process Re-engineering)となりうるか
テクノロジーを取り入れるということは、「司法プロセスのIT化」なのか、つまり現行のプロセスを単純にITによって効率化し、アクセスしやすくしていく(だけ)なのか?
あるいは、「ITを駆使した司法プロセスのLPRなのか」すなわちITを駆使して司法プロセスそのものを変えていく(これは法律をも変える可能性がある)ことにも繋がるのか?
裁判プロセスは全てデジタル化によって置き換えられるのか、
あるいは、裁判とは別のODRプロセスとして実現していくのか、これはADRのオンライン化ということになるか?
Ⅴ.日本、アジア圏でのODR
また最高裁は、2021年にビジネス関係の訴訟を専門的に扱うビジネスコートを設置するが、ここではTV会議システムを整備して、遠隔地の裁判所と接続することを計画している。[23]
5.ODR未成熟の要因は?
「司法への接点のIT化」として見れば、日本にも興味深い事例は、前述の越境消費者センターをはじめとして、弁護士ドットコム/みんなの法律相談[24]や離島の裁判のTV会議活用[25]など、少なからず存在する。これらは法曹関係者によるものである。しかし、民間企業が提供している分譲マンション専用の相談サービス「Click Counselor」[26]は、法的相談に関しての決済機能がない。相談が法的相談になる場合には担当弁護士と直接契約を交わした後で実施される。その理由として、IT企業が主催する相談サービスが決済機能を持ってしまうと法的に問題となる恐れがあると指摘されたためである。法曹関係者のODRへの参入、関与が待たれるところだ。
6.アジア
アジアのODR関係の取組みは未だ少ないが、徐々に増加はしている。中国ではODR関連サービスを提供するADR機関がFORUMに参加している。また、過去に、香港(2007)、中国(2016)はODR FORUMを主催している。
Ⅵ.ODRビジネスモデルのジレンマ
ODRビジネスは拡大しつつあるが、第15回ODR FORUMで提示されたマップ図[27]が示すように、ODRに関わるビジネスや関係するツールやサービスを提供する企業等はすでに数多く活動し、資金調達に成功しビジネスが軌道に乗っているところも出てきている。しかし、「コスト削減目的のODRは、ビジネス規模を追求して最低限のビジネス規模を確保する」という命題があり、紛争を発掘し、紛争処理数を増やさないとビジネスが成り立たない宿命にある。ODRのビジネスモデルには、紛争解決に加えて、更に期待する可能性として、以下の2つの役割がある。
1.紛争(苦情)発掘ツールとしてのODR機能
勿論、紛争はないほうがいい。ではその反対は、紛争に溢れた世界だろうか?もう一つ、「紛争が表面化しない世界」があるのではないか。例えば、マンションでの紛争では、近隣住民同士の紛争は避けたいので、匂い・騒音・ペット苦情・副流煙等々の小さな紛争を我慢する傾向であろう。その結果、小さな苦情の芽が潜在的紛争としてq蓄積され大きな不満に結びつく、鬱積する社会となっていく可能性もある。アクセスしやすいODRの仕組みで、紛争になる前段階の苦情を発掘し、相談の段階で処理していくほうが、より健全な社会を築ける可能性があると考える。
2.紛争防止ツールとしてのテクノロジー
(1)マレーシアのタワーマンションで採用されたHigh Riseは、住民専用の非公開の閉じたコミュニケーションシステムだが、紛争解決より寧ろコミュニケーションを活発化することによる紛争防止を目指している。
(2)Reputation管理
Ⅲ.5.(2)で述べたReputationを管理する仕組みも、自浄作用によって紛争を防止していく役割となっている。
(3)ビッグデータ
ODRやITの採用により集積され分析されたビッグデータの蓄積により紛争を予測し防止していく役割は紛争解決に加えてODRに期待される役割の一つでありビジネスとしての期待もできうる。(Ethan Katsh = Orna Rabinovich-Einy 『Digital Justice Technology and the Internet of Dispute』 Oxford University Press, 2017 51頁)ただし、ここにおいては、プライバシーやそれらのデータをどのように管理保管するかという問題はこれからの大きな課題であろう。
おわりに
ODRに限らずあらゆる分野で、新しい技術が進化し導入され、それに利用者は適応していく。ODRは、結局技術と制度とその利用者との関わり方の問題である。テクノロジーが先行し、制度は追いついていかないといけない状態なのだ。生まれた時から電子機器が普及し、携帯があり、SNSがあり、メッセージングツールで会話している世代は、対面では人見知りでも、ネットでは雄弁になるように見える。「ODR」は単なるバズワードにすぎないかもしれないが、いずれにせよ、司法へのアクセスをしやすくすることは重要だろう。それに技術を活用していくだけのことだ。
ADRにしても裁判にしても、「紛争の当事者同士で決着できない場合にはきてください」というのが基本スタンスだが、当事者は、「自分が正しくて相手が間違っている」というところが出発点である。紛争解決事業者は、この“出発点”を抑えることで、紛争「顧客」を確保していくことができる。単純にこの部分はITを駆使すれば低コストで実現できると考えられる。ODRの活用によりそうした紛争解決プロセスでのリノベーションにもなりうるのではないだろうか。紛争の入り口(苦情処理)を抑えることがADRでも仲裁でも調停でも紛争「顧客」確保のポイントとなってくると考えられよう。
毎年各国で開催されるODR FORUMには200人近い参加者が世界中から集まってくる。当該FORUMは、大学が会場になることが多く、学生がクロージングでレポートを発表することもあり、彼らがODRに触れてその分野を研究したり志したりして、ODRの支援者、当事者、エヴァンジェリストになっていく。実用的な視点だけでなく研究の視点でもその人口を増やしていく必要があるのではないかと考える。
[1] Juripax オランダ http://www.juripax.com/ その後、Modria社に買収された。
[2] 前出「Online Dispute Resolution」の共同執筆者。ODRの父とされる。
[3] 1986年に運営開始された最初のメーリングリストアプリケーション。
[4] https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/1353485896844060
[5] 後述。Ⅳの1。
[6] 同サイトは現在休眠中。
[7] https://ccj.kokusen.go.jp
[8] 米国商業改善協会。https://www.bbb.org
[9] 深セン仲裁委員会 Shenzhen Arbitration Commission http://old.szac.org/en/
[10] https://ec.europa.eu/info/live-work-travel-eu/consumers/resolve-your-consumer-complaint_en
[11] http://www.oecd.org/fr/sti/consommateurs/oecdguidelinesforconsumerprotectioninthecontextofelectroniccommerce1999.htm
[12] https://www.youtube.com/watch?v=QD9C51EWN0k
[13] EUのADR指令、ODR規則 2016.2.24 じゃこネットODR研究会資料14
[14] Magontslag https://www.magontslag.nl/ (オランダ語のみ)
[15] Juripax オランダ http://www.juripax.com/
[16] Modria history https://www.tylertech.com/solutions-products/modria/history
[17] 2016年ODR FORUM(ニューヨーク開催)で紹介された。
[18] Can ODR Really Help Courts and Improve Access to Justice? https://20160dr.wordpress.com/
[19] Equal Access to Information and Justice Online Dispute Resolution https://iccwbo.org/event/equal-access-information-justice-online-dispute-resolution/
[20] シロガネ・サイバーポールとは何だったかhttp://myspace.private.coocan.jp/odr/2015/2015_10.pdf
[21] 国民生活センター越境消費者センター https://ccj.kokusen.go.jp/
[22] 購入者は“物品未着”又は“記載と異なる商品到着”、販売者は“未入金”又は“キャンセル”の4パターン。但しそれ以外の内容でも申請は可能。
[23] 日本経済新聞 2017/11/20 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO23694120Q7A121C1CR8000/
[24] https://www.bengo4.com/bbs/
[25] ご存知ですか?民事裁判でのテレビ会議・電話会議http://www.courts.go.jp/saiban/wadai/2009/index.html
[26] 株式会社ズーム・コミュニケーション https://www.atpress.ne.jp/news/12428
[27] http://www.odr-room.net/entry/2016/06/09/011104
ODR(Online Dispute Resolution)は、ADR(Alternative Dispute Resolution)のオンラインシステム版と定義するのがわかりやすいかもしれないが、実際にODRとして試験されたり稼働したりしているツールやシステムを見るとオンライン技術に限定されず、インターネットの時代においては、オンラインはむしろ当たり前の技術であり、「紛争解決にオンライン技術を含めたテクノロジーを利用・活用したもの」と言うのが正しい。
例えば、申し立ての段階では、Webフォームを利用したオンラインシステムによる申し立てがあり、当事者や中立的第三者との情報交換は同じくWebシステムや電子メールで行われる。
紛争解決機関内では、紛争の情報を共有し、各過程のプロセスを管理するデータベースシステムが使われている。
更には、調停人候補者自身が、専門分野、取り扱い分野、得意分野、料金、さらには、対応可能な日時までを更新できるデータベースで公開され、ここでは、紛争の申し立て、相手方への連絡、主張の交換、調停人の選択、期日設定などのスケジュール管理、TV会議による調停人と当事者の3者協議、裁定の通知、調停人への支払いなどが1つのシステムで行えるものもある。
欧州では、複数言語を扱える申し立て、プロセス管理、相互コミュニケーションシステムも開発された。[1]
あるいは、例えば保険金の交渉において双方がシステムに提示金額、妥協可能金額や条件を登録しておきシステムに自動交渉させる仕組みも運用されている。
以下、ODRに関する歴史、種類を簡単にご紹介し、主にODR FORUMでの情報交換から得た現在のODRに関する海外での動向の特徴、今後の展望や可能性などをご紹介する。
I.歴史、経緯
ODRは、1990年代前半から、インターネットの普及とともに、オンライン上で発生した紛争(当初は、性別詐称や炎上事件など)の解決手段として注目され、様々な試行が開始された。
1.
- emailの普及とともにチェーンレターによるシステムトラブルやオンライン上フォーラムでの紛争(いわゆる炎上事件)などトランザクションに関わる紛争が始まる。未だインターネットは、軍需と大学による利用に制限され、利用規約には商業利用の禁止が記載されていた。ODRを取り扱う組織は未だ存在していなかった。
- Ethan Katsh教授[2]らが、ListServe[3]にてDispute Resolutionについてのディスカッション主催。性別詐称による電子の恋人事件や仮想空間での暴力(暴言)問題のLambdaMOO事件が発生し、参加者による自主的仲裁的話し合いが行われ、また米国FTCが初めてオンライン詐欺事件を申し立てた。
- ODR組織によるプロジェクトが開始され、Washington, D.C.で、Virtual Magistradeの前身となるグループと紛争解決オンラインシステムの検討が開始され、セルビア、クロアチア、イスラム党派の国境紛争では、話し合いを促進するツールとしてデジタルマップが使用された。
3.ベンチャー期
- ODRを推進するNCAIR(National Center for Automated Information Research)が、ODRプロジェクトへの出資を決定し、このころからVirtual Magistrade[4]設立、Online Ombuds Office設立、メリーランド大学民事仲裁プロジェクト、後にeResolution社となるモントリオール大学CyberTrubunalプロジェクトなどが実験的に行われ、その後Cyber Settle, Smart Settleなどのブライドビディングシステム、保険会社による匿名入札システム、商標権者とドメイン名所有者によるオンライン仲裁、マーケットプレイスでの紛争解決のSquare Trade社、オークションeBay のDispute Resolutionなどのベンチャー企業により実務的なシステムが開発された。
4.組織的取り組み期
- ADR機関が組織的な取り組みを始めた。こうしたODR産業の出現の兆しにあわせて、伝統的なADRコミュニティがODRに着目し始め、2000年にFTCがODRのWorkshopを後援し、2002年には、ジュネーブで国際ODR Forum and Workshop開催された。(Ethan Katsh = Janet Rifkin 57頁)
最初にODRを扱った前出の文献「Online Dispute Resolution」では、ODR(テクノロジー)を4th party(第4者)と位置づけ、更には、距離や時差を埋めて、司法へのアクセス利便性を高める手段として、(重要人物の)移動リスクを削減するものとした。(Katsh=Riflkin 前掲137頁)
現在は、実用化・商用化期に入りつつあると考える。詳細は、Ⅲにて述べる。
II.ODR技術の種類
ODRで使われている技術としては、大きくは、「コミュニケーション技術」、「データ管理、コントロール技術」、そして「相互連携技術」に分けられる。
1.「コミュニケーション技術」
相談者、申立者、相手方、中立的第三者、各種専門家などが相互にコミュニケーションを図るための「コミュニケーションのための技術」は、オンライン技術が最大限に使われる部分でもある。ここでは、「同期型」と「非同期型」の仕組みがあり、前者は、距離、移動時間を克服するために、当事者が同期的にアクセスするチャットやTV会議など、当事者、関係者が場所は遠隔でも同時刻にアクセスできる環境が必要となる。後者は、時差がある場合にも有効な非同期型で、電子メールや専用の電子会議室を活用するタイプがある。
2.「データ管理・共有、手続きコントロール技術」
案件の申請から、当事者、調停者間での証拠や資料の提示・共有・保存、過去判例や判断の参照・共有、判断の通知や執行(結果の実施)状態の管理など全体のプロセスを管理するシステム、セキュリティ技術。最近では、それらを全てクラウドで実現する方法もありうる。
3.「相互連携技術」
(1)越境紛争のためのデータベースとその課題
各国で個別にODRシステム(的なものも含めて)が利用され始めているが、越境(クロスボーダー)紛争では、さらに相互連携のためのシステムが必要になってくるだろうと考えられる。ただし中央集権的なシステムは管理面で実現が難しい。どの国が管理保存するのか、そのための法制度はどうするか、特に、個人情報の越境など解決すべき問題も多いからである。
(2)言語
相互連携する場合でも、国内での管理システムは、各国で開発されることを前提とすると、国内の消費者とのコミュニケーションや内部の情報共有や管理は、母国語でのシステムが当然だろうが、他国の機関あるいは他国の消費者からの苦情を受付け、ADRを行うとなるなら、共通の言語が必要となる。それは現実的に考えると、英語が一般的になるだろう。そうなると、越境紛争として扱う案件については英語への翻訳が必要となるが、自動翻訳が実用的に使えるようになるにはもう少し時間がかかるか、あるいは、複雑な紛争処理を自動翻訳で実用的に行えるかどうかは不明である。未だ消費者や事業者が自動翻訳を紛争解決で使おうと試みた結果、翻訳に起因する新たな紛争が起きている例もある。
(3)データ交換
一時はODR FORUM[5]関連メンバーによるグループOdrExchangeにおいて、「共通のデータ規則と共有のデータベース」という概念が議論されたが (odrexchange.com[6])、誰が管理するのか、費用負担はどうするか、データの越境やセキュリティ・リスクはどう考えるか、などの課題が未解決のままである。日本の越境消費者センター(CCJ)[7]は、英語版の共有システムを提携国に公開し、相互に更新することを想定している。しかし、件数が増加してくると、相手側も自分のシステムにアクセスして登録更新をすることが効率面でもよいので、例えば米国BBB[8]のシステムにCCJ側が入力する運用になってきている。相互に両方のシステムに入力をすることになると、それぞれの機関の負担が増えてくる。
次に考えられるのは、半自動的なデータの交換方式で、データ項目などを共通化していくことが想定される。自社システムへのデータ連携のためのAPIを公開している中国のADR機関[9]も存在する。
こうした技術は、インターネットの普及と回線の大容量化、安定化、低価格化によるところが大きい。ODR実用化への重要な要素である。
Ⅲ.実験から実用化、投資、企業統合へ
特に欧米を中心に、この数年の間に、様々な紛争分野でのODR化・ITシステム実用化が進んでいる。欧州では電子商取引分野での利用についてはODRの組込みが法制化[10]されている。米国では、本格的な投資資金や企業の合併や買収が動き始めている。
1.申し立てのオンライン化
米国ではAAA(American Arbitrators Association)を始め多くのADR機関などが電子的な申し立てを採用している。同社のサイトでは、申し立て、事件の管理、状況の閲覧、仲裁人を探す、利用規約、サポートがWebサイトからアクセスできる。国際的な案件の申し立ても可能となっている。
2.電子商取引 — 少額紛争、越境紛争
この分野はODRが最初に実用化された分野である。その背景としては、インターネットの商用利用が容認され電子商取引が普及したこと、また国境を越える消費者取引が可能となったことで、消費者トラブルも国境を超えることになり、必要性が早期に現実的になったことである。OECDでは、この新しい経済活動の発展のためには市場の信頼醸成が重要と考えられ、電子商取引消費者保護ガイドライン[11]がまとめられた。このガイドラインでは、各国法の違い、執行の困難さから事前規制でなく裁判以外の有効な紛争解決手段が検討され、トラストマークやプライバシー保護、詐欺対策等に並んで、(オンライン)ADRが提唱されることに繋がっていった。
電子商取引では、1件毎の紛争金額が小さく、案件数が多大であることが特徴的で、人力による紛争解決はコスト的に適用できないため早くからODRが注目されてきた。eBayでは、現在では、年間6000万件の紛争が処理されているとしており、裁判には向かない少額紛争の解決手段として実用化されている。こうした膨大な件数を処理するための手法として、1)紛争類型を整理し最初に選択する紛争を限定している、2)紛争での論点となりやすい点に関する事項のガイドライン的Q&Aを整備し、申し立てをしやすくしている、3)一定期間双方の連絡がなければ案件を終了する規約としている、などを運用経験から組み込んでいる。これは、既存プロセスをオンライン化するだけでなく、合理的なプロセスをITで標準化し、プロセスそのものを変えてしまう可能性を持っている。(経営システムではBPR:Business Process Re-engineeringという手法が使われているが、こちらは、いわば司法のLPR:Legal Process Re-engineeringである。)
3.ODR
- DVを伴う離婚調停や、時差の大きい東海岸と西海岸の調停などへの適用の試みが進められている。
- ODRサービス。(http://divorce.com/)
(https://www.smartsettle.com/about-us/vision-speech/)
4.統合的プラットホーム・システムの試み
MeidaiteMe.com[12]では、当事者と調停者が申し立てから主張の交換、TV会議による対面的な対話、調停者への支払いまで一つのプラットフォームで完結する仕組みを提供している。調停者は、対応分野、料金、スケジュールをシステムに登録できる。紛争当事者は、調停者を双方の同意により選択できる。申し立て者が紛争を登録すると相手方にメールで連絡され、システムにアクセスできるようになり、専用の会議室でテキストによる主張や証拠をさらには解決案等を提出し、調停者は、それらを評価し、ビデオチャットで解決への道案内をしていくことができる。
システム自体の利用は基本的に無料で、調停者は自身の料金を有料に設定することもできる。有料の場合は手数料をサイトに支払う。当事者の支払はクレジットカードで行える。
5.開いた市民法廷
(1)Sidetakerhttp://www.sidetaker.com/
Sidetaker
(2)Reputation System
eBayやAlibaba、日本ではYahooオークションなどでも採用されている仕組みである。取引結果や紛争対応結果に対しての評価をすることができるようになっており、評価は公開されているため、市場に反する対応をしつづけると評価が下落して結果として市場やコミュニティから締め出されることになる。
6.欧州のODR規則[13]
欧州では、電子商取引に関して、ADR指令に基づいてODR規則に従ったODR機能が提供されている。公的、法的な仕組みとして運用が開始された。
7.言語圏提携
南米ではeInstituteやODR LatinAmericaなど組織でスペイン語圏の複数国間の紛争を扱えるように活動し、執行力を担保するための同じく南米を中心としたトラストマーク連携機関eConfianzaとの組織間連携も行われている。
8.ツール
(1)書面生成ツール
「裁判に関わる書面生成ツール」は、裁判コスト面で非常に大きな時間(コスト)を裂いていると見られる法的書面の作成時間を効率化するために、法律家以外が語る言葉を法的な言葉で、法的な書面にするいわば“法的な翻訳”に掛かる作業やコストを縮小する為のツール:Magontslagはオランダのベンチャー[14]によるものである。(オランダ語版のみ)
(2)さらなる新技術
一方、AIなどの最先端の技術への取り組みはコレから課題である。(1)の書面生成の自動化分野での適用の可能性はあるが、蓄積されたノウハウを如何にディープラーニング技術で取り込んで行くかは、国家レベル、各機関レベルでの更なる研究や取組みが開始されたところである。
9.企業統合
eBayやPaypalでのODRの実用的システムの草分けであるベンチャーODRの雄・MODRIAは、すでに複数の具体的なシステムやサービスを展開し、有望なODR企業を買収[15]してきていたが、同社自身が法廷向けのシステムに実績があるTyler Technologies社に買収され傘下に入った[16]。黎明期から先頭を走って来たベンチャーであるMODRIA社が大手資本の傘下に入るということは、即ち、ODR・ODR技術がビジネスとして本格的に成り立ってくるという意味であるといえる。
10.サービスに組み込まれるODR
その他、ODRを提供する新しいツールベンダーが設立され、ODRを予め組み込んであるサービスも増加している。
(1)新しいツールベンダー
Mediate.com https://mediate.com/
CaseLoadManager http://www.caseloadmanager.com/
MODRIA社 http://www.modria.com/
eBayのODR責任者だったColin Rule氏が立ち上げ
Youstice https://www.youstice.com/en/ 国連のUNCITRAL
WG3のスロバキア国担当者の新会社
Pactanda アルゼンチンのベンチャー
http://www.pactanda.com/#/
(2)ODR組み込んである一般サービス[17]
- オークションのeBay
- フリーランスの仕事紹介サイトeLanceに組込まれたoDesk
- 車のトラブル専門のNetNeutrals
- ネット取引のトラブル専門のPoshmark
- 日本版サービスサイトもあるAirBnB https://www.airbnb.jp/ (現地のB&Bを簡単に探して借りられるサイト)
- facebookのポリシー担当チーム ハラスメントの相談、解決にODRを適用する検討している
- オランダのHillグループ 離婚調停に特化したサービスを展開
こうしたODR関連ツールやサイトを見ると、もはや「実験の時期」は完全に終わったといえるだろう。
Ⅳ.ODRの国際会議
1.ODR FORUM
2002年に、最初の会合がジュネーブで開催され、以降、エジンバラ、メルボルン、ボローニャ、ブリュッセル、カイロ、パロアルト、リバプール、香港、ヴィクトリア(カナダ)、テルアヴィブ、バンクーバー、チェンナイ、プラハ、パロアルト、ニューヨーク、ハーグ、北京、直近ではパリと毎年開催されてきている。
各FORUMでは、主催者の関心が高いテーマが主要なトピックとなってきた。例えば、2008年〜2010年頃は消費者保護のための電子商取引へのODR適用、イスラエルでは東ティモールの紛争交渉に使われた仕組み、2015年ニューヨークでは、UNCITRALのワーキンググループ3で議論されていた電子商取引におけるODR適用のための共通規則が取り上げられた。2016年ハーグ(開催地Peace Palace)[18]、2017年パリ(ICCホスト)[19]では、裁判のオンライン化とテクノロジーがメインテーマとなった。
(1)「ODRは裁判を助けるか/ODRと裁判の関係はどうなっていくのか?」
司法へのアクセス向上という切り口では、裁判のオンライン化・デジタル化とテクノロジー導入という議論が2016年のハーグ国際司法裁判所(Peace Palace 平和宮)開催のODR FORUMでテーマとなった。
裁判がデジタル化されるとは?
手続の大雑把なフレームワークは以下のようなものとする。
- 裁判手続へのアクセス即ち裁判に関する情報を集め、質問をしたりする前段階
- 申し込みや申請手続
- 出廷・証言などのコミュニケーション手段
- 判決の保管、参照、共有
- 執行管理
(2)裁判のODR化の姿3つの姿
- ODRは裁判と統合される
- ODRは裁判と競合する
- ODRが存在することになるというもの。それには、ODRによる手続が法的にも認められ、市民はこれまでの裁判手続に加えて、ODRによる手続を選べるようになることを意味する。
- ODRは裁判の事前手続となる
(3)
ODR FORUM基調講演者のLord Justice Fulford氏(Senior Presiding Judge of England and Wales)は、「最初は、手続の申請と書類の提出、書類のデジタル化。次に、オンラインによる証言や証人尋問が加えられ、最終的には全手続にオンライン技術が組み込まれる。」と述べている。
(4)
ODRでは、デジタルデバイドによる懸念もある。簡単になるとはいっても、アクセスできない人、苦手な人はおり、それによって公平性に差がでてしまうのではないか、結果として司法への不信に繋がり、裁判制度への不信に繋がる可能性があるのではないかということが課題として挙げられている。
状況は国によって異なるが、有線インターネット環境が未整備のアフリカ地区では、意外にもPCよりもスマートフォンの普及率が高く、その上でアクセスできるようになれば、問題とはならないかもしれないという指摘もある。
(5)ODRはLPR(Legal Process Re-engineering)となりうるか
テクノロジーを取り入れるということは、「司法プロセスのIT化」なのか、つまり現行のプロセスを単純にITによって効率化し、アクセスしやすくしていく(だけ)なのか?
あるいは、「ITを駆使した司法プロセスのLPRなのか」すなわちITを駆使して司法プロセスそのものを変えていく(これは法律をも変える可能性がある)ことにも繋がるのか?
裁判プロセスは全てデジタル化によって置き換えられるのか、
あるいは、裁判とは別のODRプロセスとして実現していくのか、これはADRのオンライン化ということになるか?
Ⅴ.日本、アジア圏でのODR
- シロガネサイバーポール
- 越境消費者センター(CCJ)[21]
- ADR機関など
また最高裁は、2021年にビジネス関係の訴訟を専門的に扱うビジネスコートを設置するが、ここではTV会議システムを整備して、遠隔地の裁判所と接続することを計画している。[23]
- 育成
5.ODR未成熟の要因は?
「司法への接点のIT化」として見れば、日本にも興味深い事例は、前述の越境消費者センターをはじめとして、弁護士ドットコム/みんなの法律相談[24]や離島の裁判のTV会議活用[25]など、少なからず存在する。これらは法曹関係者によるものである。しかし、民間企業が提供している分譲マンション専用の相談サービス「Click Counselor」[26]は、法的相談に関しての決済機能がない。相談が法的相談になる場合には担当弁護士と直接契約を交わした後で実施される。その理由として、IT企業が主催する相談サービスが決済機能を持ってしまうと法的に問題となる恐れがあると指摘されたためである。法曹関係者のODRへの参入、関与が待たれるところだ。
6.アジア
アジアのODR関係の取組みは未だ少ないが、徐々に増加はしている。中国ではODR関連サービスを提供するADR機関がFORUMに参加している。また、過去に、香港(2007)、中国(2016)はODR FORUMを主催している。
Ⅵ.ODRビジネスモデルのジレンマ
ODRビジネスは拡大しつつあるが、第15回ODR FORUMで提示されたマップ図[27]が示すように、ODRに関わるビジネスや関係するツールやサービスを提供する企業等はすでに数多く活動し、資金調達に成功しビジネスが軌道に乗っているところも出てきている。しかし、「コスト削減目的のODRは、ビジネス規模を追求して最低限のビジネス規模を確保する」という命題があり、紛争を発掘し、紛争処理数を増やさないとビジネスが成り立たない宿命にある。ODRのビジネスモデルには、紛争解決に加えて、更に期待する可能性として、以下の2つの役割がある。
1.紛争(苦情)発掘ツールとしてのODR機能
勿論、紛争はないほうがいい。ではその反対は、紛争に溢れた世界だろうか?もう一つ、「紛争が表面化しない世界」があるのではないか。例えば、マンションでの紛争では、近隣住民同士の紛争は避けたいので、匂い・騒音・ペット苦情・副流煙等々の小さな紛争を我慢する傾向であろう。その結果、小さな苦情の芽が潜在的紛争としてq蓄積され大きな不満に結びつく、鬱積する社会となっていく可能性もある。アクセスしやすいODRの仕組みで、紛争になる前段階の苦情を発掘し、相談の段階で処理していくほうが、より健全な社会を築ける可能性があると考える。
2.紛争防止ツールとしてのテクノロジー
(1)マレーシアのタワーマンションで採用されたHigh Riseは、住民専用の非公開の閉じたコミュニケーションシステムだが、紛争解決より寧ろコミュニケーションを活発化することによる紛争防止を目指している。
(2)Reputation管理
Ⅲ.5.(2)で述べたReputationを管理する仕組みも、自浄作用によって紛争を防止していく役割となっている。
(3)ビッグデータ
ODRやITの採用により集積され分析されたビッグデータの蓄積により紛争を予測し防止していく役割は紛争解決に加えてODRに期待される役割の一つでありビジネスとしての期待もできうる。(Ethan Katsh = Orna Rabinovich-Einy 『Digital Justice Technology and the Internet of Dispute』 Oxford University Press, 2017 51頁)ただし、ここにおいては、プライバシーやそれらのデータをどのように管理保管するかという問題はこれからの大きな課題であろう。
おわりに
ODRに限らずあらゆる分野で、新しい技術が進化し導入され、それに利用者は適応していく。ODRは、結局技術と制度とその利用者との関わり方の問題である。テクノロジーが先行し、制度は追いついていかないといけない状態なのだ。生まれた時から電子機器が普及し、携帯があり、SNSがあり、メッセージングツールで会話している世代は、対面では人見知りでも、ネットでは雄弁になるように見える。「ODR」は単なるバズワードにすぎないかもしれないが、いずれにせよ、司法へのアクセスをしやすくすることは重要だろう。それに技術を活用していくだけのことだ。
ADRにしても裁判にしても、「紛争の当事者同士で決着できない場合にはきてください」というのが基本スタンスだが、当事者は、「自分が正しくて相手が間違っている」というところが出発点である。紛争解決事業者は、この“出発点”を抑えることで、紛争「顧客」を確保していくことができる。単純にこの部分はITを駆使すれば低コストで実現できると考えられる。ODRの活用によりそうした紛争解決プロセスでのリノベーションにもなりうるのではないだろうか。紛争の入り口(苦情処理)を抑えることがADRでも仲裁でも調停でも紛争「顧客」確保のポイントとなってくると考えられよう。
毎年各国で開催されるODR FORUMには200人近い参加者が世界中から集まってくる。当該FORUMは、大学が会場になることが多く、学生がクロージングでレポートを発表することもあり、彼らがODRに触れてその分野を研究したり志したりして、ODRの支援者、当事者、エヴァンジェリストになっていく。実用的な視点だけでなく研究の視点でもその人口を増やしていく必要があるのではないかと考える。
[1] Juripax オランダ http://www.juripax.com/ その後、Modria社に買収された。
[2] 前出「Online Dispute Resolution」の共同執筆者。ODRの父とされる。
[3] 1986年に運営開始された最初のメーリングリストアプリケーション。
[4] https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/1353485896844060
[5] 後述。Ⅳの1。
[6] 同サイトは現在休眠中。
[7] https://ccj.kokusen.go.jp
[8] 米国商業改善協会。https://www.bbb.org
[9] 深セン仲裁委員会 Shenzhen Arbitration Commission http://old.szac.org/en/
[10] https://ec.europa.eu/info/live-work-travel-eu/consumers/resolve-your-consumer-complaint_en
[11] http://www.oecd.org/fr/sti/consommateurs/oecdguidelinesforconsumerprotectioninthecontextofelectroniccommerce1999.htm
[12] https://www.youtube.com/watch?v=QD9C51EWN0k
[13] EUのADR指令、ODR規則 2016.2.24 じゃこネットODR研究会資料14
[14] Magontslag https://www.magontslag.nl/ (オランダ語のみ)
[15] Juripax オランダ http://www.juripax.com/
[16] Modria history https://www.tylertech.com/solutions-products/modria/history
[17] 2016年ODR FORUM(ニューヨーク開催)で紹介された。
[18] Can ODR Really Help Courts and Improve Access to Justice? https://20160dr.wordpress.com/
[19] Equal Access to Information and Justice Online Dispute Resolution https://iccwbo.org/event/equal-access-information-justice-online-dispute-resolution/
[20] シロガネ・サイバーポールとは何だったかhttp://myspace.private.coocan.jp/odr/2015/2015_10.pdf
[21] 国民生活センター越境消費者センター https://ccj.kokusen.go.jp/
[22] 購入者は“物品未着”又は“記載と異なる商品到着”、販売者は“未入金”又は“キャンセル”の4パターン。但しそれ以外の内容でも申請は可能。
[23] 日本経済新聞 2017/11/20 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO23694120Q7A121C1CR8000/
[24] https://www.bengo4.com/bbs/
[25] ご存知ですか?民事裁判でのテレビ会議・電話会議http://www.courts.go.jp/saiban/wadai/2009/index.html
[26] 株式会社ズーム・コミュニケーション https://www.atpress.ne.jp/news/12428
[27] http://www.odr-room.net/entry/2016/06/09/011104